「ふむ…………最近話題になっていた盗賊、でしょうか」
「そんな呑気に言ってる場合じゃないんですよ!! 僕ら死にますよ!?」
ほっほっ、と笑みを絶やさない白髪の副機長、佐田。対照的に顔の至る所から汗を滲ませ、震える手でガッチリと操縦桿を握る青年機長、宝積寺。
彼らが背に負うものは300人の宇宙旅行者、そして彼らの目の前にいるのは宇宙旅行者をメインターゲットとして金品を奪いにかかる盗賊であった。しかも二人の目の前にいるのは、宇宙旅客機を襲い旅行者の持っている金品から機体の金属まですべてを奪いつくす、指名手配されているほどの極悪集団だった。
金属を隔ててすぐ外は空気のない宇宙。襲われて機体に少しの穴でも開けば、命にかかわる。
そして相手が持っているのは、掠っただけでも機体に大きな損傷を与える最新鋭のプラズマ粒子による銃を取り付けた宇宙戦闘機6機。
「え、え、こっちに何か、武器的なものはっ」
「まぁ、あるわけないですねぇ。ただの旅客機ですから」
対するは、装備も何も持たないただの旅客機1機。
直面した事態に宝積寺の手の震えが大きくなる。佐田が隣からチラと見てもわかるほどのその震えはハンドルを通じて機体を揺らす。
「一応こういう風になった時の対処も習っているのでしょう?」
「習っては、いますけどっ! オリエンテーションで習ったのは『その場からすぐさま逃げること』なんですけどっ!?」
「その通りです。しっかり習っているじゃありませんか」
「どうやって逃げるかなんて習ってないですよ!」
宝積寺の顔面は真っ青で今にも失神しそうな気さえする。しかし余裕を持った表情で佐田は脇に置いていたパウチの紅茶を少しだけ口に含む。
そして一言だけ、言った。
「それじゃあ実地訓練ということで……やってみましょうか!」
「こんな仕事、この旅が終わったらとっととやめてやるっ!」
叫んだ拍子に宝積寺の潤んだ瞳から思わず涙が零れる。同時に操縦桿を思いきり右に傾けた。二人の体に左方向の力がかかる。
涙がふわふわと浮かんだかと思えば、物凄い勢いで宝積寺の左にある壁にぶつかり弾ける。細かくなった液体はコックピットの中を飛び回る。
機体のすぐ左、先ほどまで旅客機が飛んでいた場所をレーザー光が走った。宝積寺が操縦桿を傾けるのがもう少し遅ければ、旅客機に穴が開いていただろう。
「そうそう、やればできるじゃありませんか」
「はーっ、はーっ!」
やや過呼吸気味になっている宝積寺の隣で佐田は、パチパチと軽快な拍手を宝積寺へと送る。
「ですが、30点くらいですかね」
「ちゃんと避けたのにっ!?」
「あ、500点満点中ですよ」
「そういうことを聞いてるんじゃねーよっ!」
宝積寺は相手の6機から放たれるレーザー光を何とか躱しながら声を荒げた。
「避けられるのは当たり前ですよ。私たちに必要なのはお客様にいかに快適に過ごして頂けるか、なのです。逃げる時もなるべく快適にお過ごしいただくのです」
「あんたこの状況で何言ってんの!?」
佐田は宝積寺の言葉に少しだけ眉をひそめたものの、お手本を見せましょう、と佐田は副機長席にある操縦桿を握った。震える様子も玉のような汗も無い。宝積寺は一本ずつ緊張で固まった指を操縦桿から離す。息も忘れていたのか、手を離し終えた途端に大きく息を吸う。宝積寺から佐田へと操縦が変わった途端、機体の揺れが止まった。宝積寺の前にある操縦桿は握っていた部分が跡となってへこんでいた。
「良いですか? まずはなるべく急制動、急操作をしないことが大切です。敵の銃をよく見ながら次に放たれそうな場所を予測します」
「な、なに言って、ひっ!」
ゆっくりと、佐田は操縦桿を手前に傾ける。機体が上を向くのと同時に、機体の下方をレーザーが通り過ぎる。
「それと出来る事なら逃げるのは上。その他の方向だとお客様のテーブルにあるものがこぼれてしまいますからね」
盗賊とはやがて目と鼻の先まで近づく。盗賊は旅客機を囲むように位置取る。前後、左右、上下。六方向からじわじわと距離を縮めてくる。
「ちょ、どどどどうやってこれをっ!?」
「大丈夫ですよ」
「で、でもこんなに囲まれちゃったら……!?」
ディスプレイを見ながら頭を抱える宝積寺をよそに佐田は余裕の笑みを絶やさない。
「機械の制限を外せばもっと速く飛べる、って知ってました?」
佐田は目の前のディスプレイを巧みに操作する。警告、の文字とともにディスプレイは真っ赤に染まるが、それを気にせずパスワードを入れる。
佐田はコックピットに置かれたありとあらゆる装置に目をかける。中には宝積寺が触ったこともないような場所の装置もあった。
「懐かしいな、この感じ」
にやり、と佐田は口角をあげる。佐田が思い出すのは数十年前の大きな宇宙戦争。宇宙が戦場となった大きな戦争で勲章を手に入れるきっかけとなった戦いの感覚。
ゾワリ、と体の血が沸騰するかのようで、その勢いのままエンジンの出力レバーを傾ければさらに速度が上がっていく。
「行くぞっ」
荒々しいまでもの操縦桿さばき。豪速で敵の間をすり抜ける荒業はかの大戦の『鷲の悪魔』を彷彿させる動き。しかし客のことを考えて急制動はせず、その証拠にコックピットに置いてあるナッツは一粒たりとも器から溢れてはいない。
宝積寺が瞬きを数回する間に、旅客機は盗賊の間を華麗に飛び回り、凄まじい勢いで集団から離れていく。気がつけば盗賊は遠い粒のようになっていた。
宝積寺の隣では佐田がふう、と一息つきながら呆然と佐田を見やる宝積寺へと視線を向けた。
「どうです、あんまり難しいものじゃないでしょう?」
「……いや、無理だよ!」
コックピットに宝積寺の絶叫が響き渡った。