漫画っていうのは、とてもいいものだ。

 僕は少年向け週刊誌を買っていて、同じクラスのカッキーは別の出版社から出ている週刊誌を買っていて、お互いに貸しっこしていた。
 母ちゃんに怒られた時でも、小学校で嫌なことがあった時でも、漫画を読めばスカッとして楽しい気分になれる。

 バトル漫画だったら僕はかっこいい技を出せるヒーローになった気分になれるし、推理物だったら犯人は誰だろうとハラハラするし、ギャグ漫画だったら大笑いできる。

 僕は漫画が大好きだ。
 将来は漫画家になって、こんなふうにみんなを楽しませる漫画を描きたい。

 僕はその夢をこっそりとカッキーにだけ打ち明けた。
 そしたら、カッキーは目をまんまるくして
「俺も同じだ」
 って、言ったんだ。

 僕とカッキーは違う出版社の漫画家になる予定だけど、一緒に頑張ろうってその時誓ったんだ。

 そんなふうに仲の良かった僕らだけど、ある日些細なことで喧嘩をしてしまった。
「どっちのキャラが強いか」
 たしか、そんなくだらない理由だったと思う。

 でも、小学生だった僕たちにとってはものすごく重要なことだったんだ。

「こっちのキャラはビームが出せるし、瞬間移動もできる。こっちのキャラの方が強い」
 って、僕が言うと、
「俺の好きなキャラは重力に逆らうことができるんだ。地球だって持ち上げちゃうもんね」
 って、カッキーも負けじと主張した。

「もう、絶交だ!一生、話しかけてくんなよ」
 いつも一緒に帰っていた僕らは、その日別々の道から家に帰った。

 次の日、カッキーは学校に来なかった。
 担任の先生が、
「ご家族の都合で急に他県に引っ越すことになった」
 と、教えてくれた。

 僕はものすごく後悔した。
 悔しかった。

 あんなに仲が良かったのに、喧嘩をしたまま別れてしまった。
 一生、話しかけるなと言ってしまったけど、話したくても話せなくなってしまった。

 カッキーと話したい。
 また、一緒に漫画の貸しっこをしたい。

 好きなキャラについて熱く語りたい。

 スマホも持っていない小学生の僕は、カッキーと連絡を取り合う手段もわからず、手紙を送りたくても引越し先の住所すら知らなかった。

 しばらくの間、僕は悲しい気分を引きずったまま過ごしていた。
でもある日天才的なことを思いついたんだ。

「そうだ。漫画家になって有名になったら、カッキーが僕の名前を見つけてくれるかもしれない。そしたらまた会えるかもしれない。絶対に漫画家になろう」

 僕はそう決心して、コピー用紙や自由帳に漫画を描いては絵の練習をしていたんだ。

 たまにクラスの女子に「絵ばっかり描いていてキモい」って言われることもあったけど、カッキーもきっとどこかで絵の練習をしているはずだと信じて描き続けた。

 そうして僕は漫画家としてデビューした。
 大学を卒業してからデビューが決まり、そのまま連載がスタートしたんだ。

 小学生の頃に憧れていた週刊誌じゃなかったけれど、僕の漫画を読んでくれる人がいるんだと思うとわくわくした。

 漫画が大好きな人たちと一緒に物語を作り上げていく。
僕の描いた漫画で笑ってくれる人がいる。

 夢見た世界で働くことができて幸せだった。

 でも、順調なのは初めだけだった。
 好調だった連載は徐々に人気がなくなってきて、とうとう打ち切りになってしまった。
 僕は疲れ果てていた。

 漫画だけで生活費が稼げず、アルバイトを掛け持ちしながらの生活が続いていたのだ。
 カップ麺だけの食事、睡眠時間を削って原稿を描く。

 そんな毎日が続き、自分の描く漫画が面白いのかどうか。
 それすらもわからなくなっていた。

 この先どうしよう。
 落ち込んでいる僕のところに、とある出版社から声がかかった。

「うちで漫画を描いてみませんか」

 見覚えのある会社名。
 かつての同級生が好きだった漫画を出している出版社だ。

 漫画を描かせてもらえるならどこでもいい。
 でも、僕は面白い漫画を描くことができるんだろうか。

 そんな不安を抱えつつ、打ち合わせに挑んだ。

「久しぶり、元気か?」

 いきなりタメ口の担当編集者。
 ナメられているんだろうか。
 僕は面食らって相手の顔をまじまじと見つめた。

「俺のこと覚えてる?」
「あっ……」

 くりっとした目、ニカッという効果音が聞こえてきそうな笑い方。

 カッキーだった。

「突然転校したりしてごめん。他県に住むばあちゃんが倒れちゃってさ。介護しなくちゃいけなくなって、引っ越したんだ。漫画家になれたんだな。すごいな」

「カッキーだって……」
 僕はうまく喋ることができなかった。
 声が震える。

「ああ……。俺も漫画家を目指していたんだが、どうやら俺には絵の才能がないらしい。編集の仕事をしているんだ」
「憧れの出版社で働いてる。すげぇじゃねぇか」
「そうなんだよ。覚えていてくれてたんだ?懐かしいな……。あっ、ごめん。話しかけちゃった。俺たち絶交してたんだっけ」
「そんなの、とっくの昔に無効だっつーの」

 僕らは笑いあった。

 やっと会うことができた。
 そして一緒に漫画を作ることができる。

 カッキーとなら絶対に面白い漫画ができる自信があった。

 という訳で、読者諸君。
 僕らの新連載、楽しみにしていてくれよな。