「あーあ。まーた、大地と同じクラスかあ」

受付で配られたクラス表を確認して、私はすぐにそれをカバンにしまった。

桜が舞い踊る4月の入学式。

ペンキで塗ったように青い空を見上げた。

「いやー困っちゃうなー。どんだけ俺のことが好きなの？　奈々は」

「はあ？　あんたが私のことが好きの間違いでしょ？」

幼馴染の日野大地とは、生まれてから今日までクラスも含めてずっと一緒だ。腐れ縁にもほどがあると言いたくなる。

だから、大地はきっと私の本当の気持ちになんか気が付いていない。

それでもいい。

だって大地にとっての1番の女の子は、私なはずだ。

毎日顔を合わせるし、毎日話をする。大地の好きなものは何だって知っているし、嫌いなものだって知っている。

「ほら、入学式なんだから制服ちゃんと直して！」

私は、大地のことを1番知っている。

だから、きっと――……
このままずっと大地の隣にいるのは、私のはずだ。

＊＊＊

「結構明るいクラスっぽかったなー！」

入学式が終わり、大地と2人で桜並木をゆっくりと歩く。

新緑の葉に埋もれそうなピンクの花弁たち。ひと風吹くたびに、その力に抗えず空に舞っていく姿に、目を細めた。

「あれだけ賑やかだと、奈々のうるさい声も多少響かなくなるから、大阪のおばちゃんってあだ名がつかなそうで安心だなっ！」

「殴られたいの？」

「ゴメンナサイ。にしてもさ、可愛い子多かったよな！　隣の席の茉子ちゃんとか特に！」

そう言う大地の言葉に、適当に相槌を打つだけだった。

＊＊＊

「でさー茉子ちゃんがさー」

あの日から大地は、1日に1回は茉子ちゃんの話をしてくるようになった。例に漏れず、登校中の今も、話題は茉子ちゃん一色。

「本当にいい子だよなー」

確かに茉子ちゃんは可愛くて、しっかりもので、おしとやかで、優しくて、男子にも女子にも人気者の女の子だ。

「奈々も、もう少し茉子ちゃんを見習えば？　そうすれば少しは可愛く見えるかもよ？」

毎日のように聞かされる茉子ちゃんの話に、私は少しイライラしていた。

だからそう言われた時、私は我慢の限界だったんだ。

「うるさいなっ！　どうせ私は可愛くないよ！　そんなに茉子ちゃんが好きならさっさと告白しなさいよ！　このヘタレ野郎！！　もう2度と話しかけないで！」

大地からしてみれば、意味が分からないだろう。

でも、毎日大地がする茉子ちゃんの話が私は大嫌いだ。

今まで大地の中で私が1番だったはずなのに、大地の中では私じゃなくて茉子ちゃんが1番なんだ。

……ううん、違う。

たくさんある桜の花びらたちと同じ。

大地からしたら、私は最初から1番ではなくて、たくさんある花弁と同じだったんだ。

その日の放課後のことだった。

「大地君、好きです。もしよかったら付き合ってくれませんか？」

下駄箱で上履きを閉まった時、か細い声が静かな声が響く。

（この声は……茉子ちゃんだ……）

そして、繊細な声に呼ばれた名前は、間違いなく私の幼馴染の名前。

……ああ、ついに2人は付き合うんだ。

「俺は――……」

大地の声が聞こえて、ハッと我に返る。

嫌だ。聞きたくない。

大地の口から直接、彼女のことが好きと聞くのを、全身が拒んだ。

私は2人にバレないようになんていう思いは一切なく、急いでローファーを取り出してその場から立ち去った。

「はあっ、はあっ」

無我夢中で走り続ける。

ずっと自分が1番だと自惚れて、何も努力をしてこなかった私には、茉子ちゃんに嫉妬する権利なんて1つもない。

まして、悲しむ権利もない。

少しずつスピードを落として、膝に手をついて肩で呼吸をする。

「――――奈々！」

聞きなれた声が、私の名前を呼んだ。

振り返ると、そこには勢いよく走ってくる大地の姿が。

「なっ……どうして！？」

「お前が……っ、走って……はあ、行くからだろ……！」

「茉子ちゃんは……？」

何度か大きく深呼吸をして呼吸を整えた大地は、私の目を真っすぐ見つめた。

「やっぱり、聞いてたの奈々だったんだな」

「……ごめん、聞くつもりはなかった……。でも、よかったじゃん！　大好きな茉子ちゃんと付き合うことができて！」

自分の気持ちを隠すかのように、笑って見せた。

「……俺、別に茉子ちゃんのこと好きじゃないけど」

「……は？　あんだけ毎日可愛い可愛い言ってたのに？」

「そ、それは……」

「別に恥ずかしがらなくたっていいのに。だって私たち幼馴染――「奈々！」

遮られたことよりも、目の前にいる大地が、今まで見たことないくらい真剣な眼差しで私を見ているのに驚いた。

「……俺、奈々のことが好きだ」

「え！？」

「ずっと、好きだった。だから、俺と付き合ってください」

予想もしていなかった展開に頭が真っ白になる。

「な、何言ってるの！？　今まで散々茉子ちゃんに気があるかのような話ばっかりしてきたのに！」

「そ、それは……奈々に嫉妬させたくて……」

「はあ！？　最っ底！　私がどれだけ傷ついたと思ってるの！？」

「……傷ついたの？」

「そうよ！　悲しかったんだから……ね……」

呆然とする大地を見て、ハッと我に返る。

私、何を言っているんだろう。

こんなの、まるで……。

「それって、奈々も俺のこと好きって言ってるように聞こえるんだけど……」

「……っ」

「そういうことで、おっけー？」

いつの間にか、大地は余裕そうに口角をあげていた。

私はそんな大地の目が見れずに、小さく頷く。

「……よっしゃ」

嬉しい時いたずらな子供のように無邪気な笑顔で笑う大地は、小さい頃から何も変わらない。

「俺、今最高に幸せ」

桜が散った。

季節が変わる。

私は、握られた手を、強く握り返した。